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壬生寺更新日:2012/01/30(Mon) 21:24 [修正・削除] |
壬生寺(みぶでら)は、京都市中京区壬生にある律宗大本山の寺院である。本尊は地蔵菩薩、開基は園城寺(三井寺)の僧快賢である。中世に寺を再興した円覚上人による融通念仏の「大念仏狂言」を伝える寺として、また新選組ゆかりの寺としても知られる。壬生寺は通称で、寺号を宝憧三昧寺、院号を心浄光院という。 園城寺(三井寺)の僧快賢が、991年(正暦2年)に自身の母のために建立したとされる。京都では珍しい律宗(総本山は奈良・唐招提寺)寺院である。 中世に融通念仏の円覚上人が中興。重要無形文化財の融通念仏による壬生の「大念仏狂言」は円覚上人が始めたものと伝えられる。 江戸時代後期の幕末には京都の治安維持を目的に活動した新選組(当初は壬生浪士組といった)の本拠が壬生村の八木家に置かれた。当寺境内は新選組の兵法調練場に使われ、武芸などの訓練が行こなわれたという。その縁で境内には局長近藤勇の銅像や、新選組隊士の墓である壬生塚がある(近藤勇の墓とされるものは、当所以外にも会津若松市、三鷹市などに存在する)。・・・・・ 以上wikipediaより |
御寺 泉涌寺更新日:2012/01/27(Fri) 18:30 [修正・削除] |
泉涌寺 (せんにゅうじ)は、京都市東山区泉涌寺山内(やまのうち)町にある真言宗泉涌寺派総本山の寺院。山号は東山(とうざん)または泉山(せんざん)。本尊は釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒如来の三世仏。 平安時代の草創と伝えるが、実質的な開基(創立者)は鎌倉時代の月輪大師俊芿(がちりんだいししゅんじょう)である。東山三十六峰の南端にあたる月輪山の山麓に広がる寺域内には、鎌倉時代の後堀河天皇、四条天皇、江戸時代の後水尾天皇以下幕末に至る歴代天皇の陵墓があり、皇室の菩提寺として「御寺(みてら)泉涌寺」と呼ばれている。 以上wikipediaより |
聖護院更新日:2012/01/21(Sat) 22:39 [修正・削除] |
聖護院(しょうごいん)は京都府京都市左京区聖護院中町にある本山修験宗総本山の寺院。同宗派設立以前は天台寺門宗に属した。山号はなし。開基(創立者)は増誉、本尊は不動明王である。 日本の修験道の中心寺院の1つ。近世以降、修験道は江戸幕府の政策もあって「本山派」「当山派」の2つに分かれたが、聖護院はこのうちの本山派の中心寺院であった。また、代々法親王(皇族男子で、出家後に親王宣下を受けた者)が入寺する門跡寺院として高い格式を誇った。江戸時代後期には2度にわたり仮皇居となったこともある。 以上wikipediaより |
実相院更新日:2012/01/02(Mon) 21:44 [修正・削除] |
実相院(じっそういん)は、京都市左京区岩倉にある仏教寺院。宗派は単立(元天台宗寺門派)、開基(創建者)は、静基(じょうき)、本尊は不動明王(鎌倉時代作の木像)。門跡寺院の1つである。岩倉実相院門跡とも呼ばれる。 以上wikipediaより |
二尊院更新日:2011/12/03(Sat) 15:56 [修正・削除] |
旅楽トラベル【たびたの】さんの二尊院の紹介のページです。 二尊院は、私(千年の都 京都のリンク集 管理人)が好きなお寺の一つです。 しかしながら、二尊院さん自身のサイトが見つかりませんでした。 以下wikipedia「二尊院」より 二尊院(にそんいん)は、京都市右京区の嵯峨野にある天台宗の寺院。山号は小倉山。詳しくは、小倉山二尊教院華台寺という。二尊院の名は、本尊の「発遣の釈迦」と「来迎の阿弥陀」の二如来像による。 総門を入った「紅葉の馬場」と呼ばれる参道は、紅葉の名所として知られる。また、奥には、百人一首ゆかりの、藤原定家の時雨亭跡とされる場所がある。 |
真如堂更新日:2011/11/25(Fri) 14:59 [修正・削除] |
以下wikipedia「真正極楽寺」より 真正極楽寺(しんしょうごくらくじ)は、京都市左京区にある天台宗の寺院で通称真如堂(しんにょどう)と呼ばれる。山号は鈴聲山(れいしょうざん)。本尊は阿弥陀如来、開基(創立者)は戒算である。 永観2年(984年)比叡山の僧である戒算が比叡山常行堂の本尊阿弥陀如来を東三条院詮子(一条天皇生母)の離宮に安置したのが始まりである。不断念仏の道場として念仏行者や庶民、特に女性の信仰を得てきた。しかし応仁の乱をはじめ度重なる火災により堂塔は焼失した。その後足利将軍家や豊臣秀吉により京都市内の何カ所かを転々としたのち、元禄6年(1693年)現在の場所に再建された。 本尊の阿弥陀如来は「頷きの阿弥陀」とも呼ばれており、慈覚大師が「修行者を守護して下され」と祈ると首を横に振り、「衆生、特に女性をお救い下され」と祈ると頷いた、という伝説がある。 三井家菩提寺。 お十夜(浄土宗の重要な仏教行事)は、ここが発祥。 |
清浄華院更新日:2011/11/25(Fri) 14:46 [修正・削除] |
清浄華院(しょうじょうけいん)は京都市上京区にある浄土宗七大本山の一つである。山号はない。平安時代に清和天皇の勅願により円仁が開基した。 起源は貞観2年(860年)に清和天皇の勅願により慈覚大師円仁が御所内に仏殿を造営に着手したのが始まりである。 浄土宗となったのは開祖法然の教えにふれた後白河天皇、高倉天皇、後鳥羽天皇が戒めを受けた縁により法然にこの寺が与えられたからである。そのため法然を御内道場中興の祖とし念仏の開祖としている。 2011年現在の法主は大正大学名誉教授の真野龍海師。 以上wikipediaより |
建仁寺更新日:2011/11/25(Fri) 14:41 [修正・削除] |
建仁寺(けんにんじ)は、京都府京都市東山区にある臨済宗建仁寺派大本山の寺院。山号を東山(とうざん)と号する。本尊は釈迦如来、開基(創立者)は源頼家、開山は栄西である。 京都五山の第3位に列せられている。俵屋宗達の「風神雷神図」、海北友松(かいほうゆうしょう)の襖絵などの文化財を豊富に伝える。山内の塔頭としては、桃山時代の池泉回遊式庭園で有名であり、貴重な古籍や、漢籍・朝鮮本などの文化財も多数所蔵していることで知られる両足院などが見られる。また、豊臣秀吉を祀る高台寺や、「八坂の塔」のある法観寺は建仁寺の末寺である。寺号は「けんにんじ」と読むが、地元では「けんねんさん」の名で親しまれている。なお、よく日本最初の禅寺と言われるが、これは間違いで博多の聖福寺が最初の禅寺である。 以上wikipediaより |
京都大原 寂光院更新日:2011/11/25(Fri) 14:37 [修正・削除] |
寂光院(じゃっこういん)は、京都市左京区大原にある天台宗の寺院。山号を清香山と称する。寺号は玉泉寺。本尊は地蔵菩薩、開基(創立者)は聖徳太子と伝える。平清盛の娘・建礼門院が、平家滅亡後隠棲した所であり、『平家物語』ゆかりの寺として知られる。 以上wikipediaより |
永観堂更新日:2011/11/25(Fri) 14:27 [修正・削除] |
以下wikipedia「禅林寺」より 禅林寺(ぜんりんじ)は、京都市左京区永観堂町にある浄土宗西山禅林寺派総本山の寺院。一般には通称の永観堂(えいかんどう)の名で知られる。山号を聖衆来迎山(しょうじゅらいごうさん)、院号を無量寿院と称する。本尊は阿弥陀如来、開基(創立者)は、空海の高弟の真紹僧都である。当寺は紅葉の名所として知られ、古くより「秋はもみじの永観堂」といわれる。また、京都に3箇所あった勧学院(学問研究所)の一つでもあり、古くから学問(論義)が盛んである。 |